事案の概要 |
本件は,被告から新築マンションの分譲を受けた原告らが,被告に対し,マンションが耐震基準を満たしていないものであったとして,マンションの売買契約の錯誤無効及び消費者契約法4条1項1号による取消しを主張し,不当利得の返還として売買代金の返還及び利息(代金支払日の翌日以降の利息)の支払を求めるとともに,被告が,耐震性能を回復できる根拠を示さないまま補修による対応を主張し続けたことは不法行為に該当するとして,不法行為に基づく損害賠償請求として弁護士費用及び遅延損害金(本件訴状送達の日以降の遅延損害金)の支払を求めた事案である。 |
争 点 |
マンションの売買契約が買主の意思表示の瑕疵によって無効となるかどうか |
結 論 |
新築マンションにあっては,耐震強度に関する錯誤は,錯誤を主張する者に契約関係から離脱することを許容すべき程度に重大なものというべきであり,民法95条の錯誤に該当するものと認めるのが相当である。 |
具体的事案検討 |
マンションの販売においては,立地条件,外観,設備の充実度などがセールスポイントとして宣伝されることが多く,それとの比較でいうと,比較的地味な住宅の基本的性能(防火・耐火性能,防音・遮音性能,耐水性能,耐震強度など)がセールスポイントとして強調されたり宣伝されたりすることは少ない(例えば,雨漏りしないことをセールスポイントとして新築マンションの販売活動がされることは,やはり想像しにくい。)。 しかし,そのことは,マンションの住宅の売買において,立地条件等が買受けの動機付けとして重要であり,基本的性能が重要ではないことを意味しない。 ことは逆であり,基本的性能の方が重要であるが故に建築基準法令により最低限の性能の具備が義務付けられており,そのことを大前提として売買がされるが故に,立地条件等の方こそが住宅の個性化・差別化を図る要因として宣伝される現象が生じるにすぎないのである。 したがって,本件各売買契約においては,売主である被告は,建築基準法令所定の基本的性能が具備された建物である事実を当然の大前提として販売価格を決定し,販売活動を行い,原告らもその事実を当然の大前提として販売価格の妥当性を吟味し分譲物件を買い受けたことに疑いはない。 そうすると,本件各売買契約においては,客観的には耐震偽装がされた建物の引渡しが予定されていたのに,売主も買主も,これが建築基準法令所定の基本的性能が具備された建物であるとの誤解に基づき売買を合意したことになり,売買目的物の性状に関する錯誤(いわゆる動機に関する錯誤)があったことになる。 |
被告は,原告らが,本件各売買契約の際,耐震強度に関する動機を表示していないから,動機の錯誤の主張ができないと主張するが,当事者双方が契約の大前提として了解している性状(本件では法令が要求する耐震強度の具備)に錯誤があった場合,予想外の錯誤の主張によって売主が困惑するという事態は発生しないものとみられるから,「当該性状があるから買い受ける」という動機の表示がされたがその性状がなかった場合と同視すべきである。したがって,原告らが明示的に「法令が要求する耐震強度を満たしているから買い受ける」という動機を明示しないで本件各売買契約を締結したことは,耐震強度に関する錯誤の主張を禁じる理由にはならないと解される。 |