事 案 |
破産者が破産手続開始の申立て前にした債務の弁済につき,破産管財人であるが,破産法162条1項1号の規定により否認権を行使して,当該弁済を受けた債権者に対し,弁済金相当額等の支払を求める事案 |
争 点 |
破産者の代理人である弁護士が被上告人を含む債権者一般に対して債務整理開始通知を送付した行為が,破産法162条1項1号イ及び3項にいう「支払の停止」に当たるか否か |
結 論 |
債務者の代理人である弁護士が債権者一般に対して債務整理開始通知を送付した行為は破産法162条1項1号イ及び3項にいう「支払の停止」に当たる |
理 由 |
破産法162条1項1号イ及び3項にいう「支払の停止」とは,債務者が,支払能力を欠くために一般的かつ継続的に債務の支払をすることができないと考えて,その旨を明示的又は黙示的に外部に表示する行為をいうものと解される(最高裁昭和59年(オ)第467号同60年2月14日第一小法廷判決・裁判集民事144号109頁参照)。 これを本件についてみると,本件通知には,債務者であるAが,自らの債務の支払の猶予又は減免等についての事務である債務整理を,法律事務の専門家である弁護士らに委任した旨の記載がされており,また,Aの代理人である当該弁護士らが,債権者一般に宛てて債務者等への連絡及び取立て行為の中止を求めるなどAの債務につき統一的かつ公平な弁済を図ろうとしている旨をうかがわせる記載がされていたというのである。そして,Aが単なる給与所得者であり広く事業を営む者ではないという本件の事情を考慮すると,上記各記載のある本件通知には,Aが自己破産を予定している旨が明示されていなくても,Aが支払能力を欠くために一般的かつ継続的に債務の支払をすることができないことが,少なくとも黙示的に外部に表示されているとみるのが相当である。 そうすると,Aの代理人である本件弁護士らが債権者一般に対して本件通知を送付した行為は,破産法162条1項1号イ及び3項にいう「支払の停止」に当たるというべきである。 |
判例の射程(裁判官須藤正彦の補足意見) |
法廷意見は,消費者金融業者等に対して多額の債務を負担している個人や極めて小規模な企業についてはよく当てはまると思われる。このような場合,通常は,専ら清算を前提とし,後に破産手続が開始されることが相当程度に予想されることからもそのようにいえよう。 これに対して,一定規模以上の企業,特に,多額の債務を負い経営難に陥ったが,有用な経営資源があるなどの理由により,再建計画が策定され窮境の解消が図られるような債務整理の場合において,金融機関等に「一時停止」の通知等がされたりするときは,「支払の停止」の肯定には慎重さが要求されよう。このようなときは,合理的で実現可能性が高く,金融機関等との間で合意に達する蓋然性が高い再建計画が策定,提示されて,これに基づく弁済が予定され,したがって,一般的かつ継続的に債務の支払をすることができないとはいえないことも少なくないからである。たやすく「支払の停止」が認められると,運転資金等の追加融資をした後に随時弁済を受けたことが否定されるおそれがあることになり,追加融資も差し控えられ,結局再建の途が閉ざされることにもなりかねない。反面,再建計画が,合理性あるいは実現可能性が到底認められないような場合には,むしろ,倒産必至であることを表示したものといえ,後日の否認や相殺禁止による公平な処理という見地からしても,一般的かつ継続的に債務の支払をすることができない旨を表示したものとみる余地もあるのではないかと思われる。このように,一定規模以上の企業の私的整理のような場合の「支払の停止」については,一概に決め難い事情がある。このことは,既に自明のこととも思われるが,事柄の重要性に鑑み,念のため指摘しておく次第である。 |
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